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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)5176号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔争点〕一、被告佐藤は被告東建工業株式会社に対し、東京都港区赤坂青山南町三丁目二三番地にその敷地一杯に鉄筋コンクリート四階建ビルの建築工事を請負わせた。原告らは本件ビルに隣接してそれぞれ土地及び建物を所有し各自所有の建物に居住している。被告会社は昭和三六年一一月中旬本件ビル工事に着手し、そのころから同年一二月中旬にかけ基礎工事として本件ビル敷地に数十本のコンクリート製柱(パイル)を打込んだ。被告会社は本件ビル工事のため足場丸太を組んだがその先端は原告ら所有土地に突出して組立てられ、昭和三七年一月一一日ころから同年五月末日ころまで連日原告ら所有の土地および建物の屋根の上に足場丸太、針金、釘、砂利、コンクリート塊などが落下し、本件ビル工事からは騒音が発生し、原告らは日々平穏な生活を送ることができなかつた。

みぎコンクリート製柱打込工事は被告会社が訴外大和建築工業株式会社に下請けさせ、大和建築は被告会社の直接指揮監督の下で工事を行つたものであるから、柱打込工事により原告らが蒙つた損害は元請人たる被告会社が民法第七一五条によりその責に任んずべきである。(争点一)原告らは右柱打込工事により所有土地の地盤沈下を来し、壁のきれつ、基礎の沈下、その他の損害を生じたからこれが損害の賠償を求める。

つぎに前記足場丸太の先端が原告らの所有土地に突き出していること、落下物の危険にさらされたこと、および騒音のため原告らは日々平穏な生活を送ることができず、精神的不安をうけたものであるが、その慰藉料としては原告ら一人につき金五〇万円が相当である(争点二)。

三 本件ビル工事の注文者である被告佐藤は本件ビル敷地の四階の状況を知悉し、本件ビル工事を行う場合には、近隣の建物に対する損害防止につき万全の措置をとるのでなければ、右工事により近隣の建物に損害を与えることを十分認識しえたものであり、また請負人である被告会社の代表取締役佐藤房光の娘であつて被告会社にたいし本件ビル工事により近隣の建物に損害を与えないように十分予防措置をとるよう容易に要求しうる立場にあつたにもかかわらず、被告会社にたいし右要求をしなかつた。

そして注文者において請負人の仕事が他人の利益を違法に侵害するであろうことを知りうる場合に請負人に対して右侵害を予防する措置をとるよう指図しないことは民法第七一六条但書に該当するものと解すべきである。(争点三)

判決は原告ら主張の事実関係証拠によつて認定した上、争点一については被告会社の現地事務所が設置され、その現場代理人が常駐し下請人の工事を直接指揮かんとくしていたから、被告会社は民法第七一五条の責任を負うべきであるとし、争点二については落下物による被害は認容の限度を超えたものとして慰藉料請求を認めた。争点三については、まず民法第七一六条本文の法意を説明した上、請負人の不法行為につき注文者が責任を負うのは原則として注文者が仕事に関し具体的な指示を与えた場合に限るものであつて、右指示を与えない場合でも注文者が請負人に対し積極的に損害防止について指示しないことが社会生活上許されるような場合には、右指示しなかつた点に過失があるとして注文者に不作為による不法行為責任を負わせることができるものと解すべきであると説示し、本件の場合は、右指示をあたえなかつたとしても被告会社の不法行為につき被告佐藤に責任を負わせることはできないとしてつぎのとおり説明している。

〔判決理由〕原告安野厳本人尋問の結果によれば、昭和三七年一月一一日本件ビル工場現場には被告会社名を表示した現場事務所が設置されていたことを認めることができ、これに反する証拠はない。ところで本件ビル程度の建設工事においては現場事務所がまず設置され、それから基礎工事に着手するのが通常であるから、右被告会社の現場事務所も基礎工事に着手する以前に設置されたものと考えるのが相当であり、また請負業者がその会社名を表示した現場事務所を設置するときは工事期間中常時その会社の現場代理人が駐在するものであることは経験則上明らかである。そうすると元請人である被告会社の現場事務所は基礎工事以前から設置され現場代理人が常駐していたというべきである。したがつて、このような情況の下においては、特に反証のないかぎり元請人である被告会社と下請人である大和建築との間には本件コンクリート製柱の打込工事については直接の指揮監督の関係が存在するものと考えるのが相当である。したがつて被告会社は、民法第七一五条により、大和建築の使用者としての責任を負うものである。

次に、精神的不安に対する慰藉料の請求について考える。

(1)<証拠>によれば、昭和三七年一月一五日ごろから同年五月末ごろまでの間原告ら所有の土地のうち本件ビル敷地に接した部分へ足場丸太、針金、釘、木片、鉄棒、砂利、土管およびコンクリート塊などが相当数落下したこと(針金、釘、小木片、セメント泥などが若干落下したことは被告会社も認めるところである)、これは、本件ビルがその敷地一杯に建てられるため一部の足場丸太の先端が原告ら所有土地上へ突き出るような具合に足場が組まれ、しかも最初のうち(昭和三七年二月上旬ごろまで)は右足場丸太の周囲に金鋼や布をはらないまま工事を進めたことに主として原因するものであること、原告塚平の妻や原告田中の子供が落ちてきたコンクリートの塊にあたつて負傷をしたりしたこともあつて、落下物の危険に対する不安を感じた原告らは危険発生の防止や生じた損害の補償などについて被告会社代表取締役佐藤房光と相談すべく数回交渉を重ねたが話がまとまらなかつたこと、そのため原告らは昭和三七年二月上旬ごろ東京都庁の首都整備局へ被告会社に対し本件ビル工事の危険防止につき行政勧告をなすよう申立て、右勧告がなされたため、同月二三日被告会社から東京都知事に対して「本件ビル工事の施行については近隣居住者の日常生活や営業の妨げにならぬよう充分に注意を払い、もし万一事故などによつて被害を与えたときは誠意と責任をもつて解決につとめることを誓約する旨」の誓約書を提出したこと、さらに、原告らは、同月一二日警視庁赤坂警察署家事相談係へ本件ビル工事から生じた損害の補償につき被告会社にあつせんするよう申出て、右あつせんの結果、昭和三七年三月六日被告会社から同日以降原告ら所有の右建物に及ぼした実害については工事請負者の責任において原型通り復旧することを約束する旨の報告書が提出され、原告らは右報告書に不満をもらしていたがあつせんは打切られたこと、なお、本件ビル工事からは騒音が生じ、とくに最初のころは昼夜兼行で工事が進められたため夜間も騒音が生じたことが認められる。右認定に反する証拠はない。(2)ところで、東京都のように人口密度が極めて高く建物が密集しているような都会で生活を営むものは、日常生活においてお互いに不便をかけたり、精神的苦痛を与えたりすることは通常避けえないものであるから、右不便や苦痛が、健全な一般社会の良識に照し、その期間、程度などからみてやむをえないと考えられる限度を超えない限り、これを認容すべきであり、右限度を超えて始めて不便や苦痛を与えた行為を違法であると評価すべきである。そして、本件においては、前記(1)のとおりであるから、一部の足場丸太の先端が原告ら所有の各土地上へ突き出ていたことや工事に伴う騒音による精神的不安は、右認容すべき限度を超えたものとは認められず、これに対し落下物によるそれは、右限度を超えたものと認めるのが相当である。

なお前記(1)の事実の下では被告会社において右落下物により原告らに精神的不安を与えることを予見していたが、あるいは容易に予見しえたものと考えるのが相当である。

(3)そこで落下物により原告らの蒙つた精神的不安に対する慰藉料額について考えるに、前記(1)の各証拠によれば、落下物の多かつた場所は常時人が通行したりするような場所ではなかつたこと、および東京都庁からの行政勧告がなされてからは落下物がかなり少くなつたことが認められ、これに反する証拠はない。右事実と前記(1)の事実を綜合して右慰藉料の額は原告一人につき金三万円と考えるのが相当である。

まず請負人の不法行為に対する注文者の責任について考えるに、一般に、請負人はその請負にかかる仕事に関し専門的な知識や技術をもち、注文者から独立して仕事の完成に努めるものであるから、請負人が仕事を行うにあたり違法に他人に損害を与えたとしても注文者が請負契約を結んだこと自体と右損害の発生との間にはいわゆる相当因果関係がないが、注文者が特に仕事について具体的に指示し、請負人がこれに従つて仕事を行つたような場合には、右指示と損害の発生との間にいわゆる相当因果関を認めるのが相当であり右指示を与えるにつき注文者に過失があれば注文者にも責任を負わせるのが筋合であつて民法第七一六条はこれらのことを注意的に規定したものと解すべきである。したがつて、請負人の不法行為につき注文者が責任を負うのは、原則として注文者が仕事に関し具体的な指示を与えた場合であり、ただ右指示を与えない場合にも、たとえば注文者がその仕事に関し請負人と同程度ないしそれ以上に専門的な知識や技術をもつているか、あるいは請負にかかる仕事が他人へ損害を与えることを極めて容易に知ることができるため、請負人に対して積極的に損害発生の防止について指示しないことが社会生活上許されないような場合には、右指示しなかつた点に過失があるとして、注文者に不作為による不法行為責任を負わせることができるものと解すべきである(もとより、請負人と注文者との間にいわゆる使用関係があるような場合は別論である。)

しかるに、本件においては、被告佐藤房江が被告会社代表取締役佐藤房光の娘であるということ(このことを被告佐藤房江は明らかに争わないから自白したものとみなす)のほか被告会社に対し損害発生の防止につき積極的に指示をしないことが社会生活上許されないような場合であるということについては何ら立証がなされないものであるから、被告佐藤房江が本件ビル工事を被告会社に請負わせるにあたり、特に右指示を与えなかつたとしても、被告会社の不法行為につき被告佐藤房江に責任を負わせることはできないものといわなければならない。(西山要 西川豊長 上田豊三)

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